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子どもの習い事なんていらない

うちの子たちは、毎日アホです。

パンツにどんぐり入れて遊んだりします。

オナラぷウ〇チなんてフレーズが流行ったりしてます。。。

毎日笑わせてくれてありがとうと思っています。怒っちゃう時もあるけどね

 

子どもの習い事で頭を悩ます親

子どもの習い事って、私の周りでもけっこう話題に上がる。

「○○をやらせたい」

「続けさせたいのに辞めたがって困る」

「旦那と私で習わせたい物が違って悩む」

とかね。

 

でもさー、思うんだけど、

子どもの習い事って、多分いらない。

 

親主導の習い事に意味なんてあるの?

ちょっと待って。

もう一回見てほしい。

 

上の話題、全部、親が主語だ。

習わせたいのも、

困るのも、

悩むのも、

全部親だよね?

 

子どもは????

 

習い事は「させる」ものなのか

いや、もちろん、月謝を払うのも、道具を揃えるのも、送迎だって、少なくとも小さい子どもは出来ないから、親がすることになる。

でも私は、習い事を「親がさせる」っていう感覚に、すごく違和感を覚える。

 

どうして違和感を覚えるのか、理由を私なりに考えてみた。

完全に個人の主観で、私の習い事観を書いてみる。

 

親主導の習い事、ここが変だと思う3つの理由

将来困るからという先回り思考

英語くらい話せないと、将来困るから。

プログラミングを身に付けていれば、職に困らないから。

 

もうとっくに国際社会だ。

この前駅前の純和風の焼き鳥屋さん行って店員さんがオールミャンマー人だった時、めっちゃびっくりしたわ!

 

いやそれは置いといて、これだけ人工知能人工知能言ってる時代だ。

もうすぐ、翻訳こんにゃくみたいな?同時通訳装置ができるかもしれないじゃないか。

いや確かもうあったな。前にFaceBookで動画見た。

そうしたら、もう英語をネイティブみたいに話すための勉強はいらなくなるよね。

アメリカのこの大学で勉強したい!みたいのが子ども本人に先にあって、そのために英語の勉強したいっていう風になっていったらいいな。

 

プログラミング?

今のちびっこが働くであろう20年後の世界、誰が予想できるだろう。

だって、20年前、ポケベルが鳴らなくてだあーだこーだ言ってた時代に、スマホ時代を予想していた人、いないはずだ。ヒロスエはかわいかったし、パソコンはどでかかった。

だから、20年後なんて何がどうなっているか分からない。

パソコンすらないかもしれない。

 

子どもの欠点に目が行っている

お兄ちゃんの同じ時期に比べて、頭悪いから。

どんくさくて、いつもかけっこでビリだから。

計算苦手だから。

文字の覚えが悪いから。

 

どうして、子どもの欠点(に見えるところ)を、ダメなところ扱いして、挙句習い事でなんとかしようとするんだろう。

まず、親から見て欠点に見えるところは、欠点なんかじゃない。

なぜって、それらはみんな、他の誰かと比べての結果でしかないからだ。

どうして比べるのよって、オンリーワンだって、解散騒動のSMAPも歌ってたじゃないか。

 

それに、どれもダメなところじゃないよ。

出来るようになることの早い遅いなんて、大きくなったら差ではなくなる。

どんくさく見える子は、何でも丁寧にする子かもしれない。どんくさかった割に、スーパーママさんバレーボーラーになった人もいる

覚えが悪いように見える子は、何事も納得しながら進めたい子なのかもしれない。

 

これは論外

ピアノを習いたくても習えなかったから。

月謝をじいじに出してもらってるから。

 

これは論外。

 

ピアノ習いたかったなら、親が習いに行こうよ。

お金のしがらみなんて、未来ある子どもの意思と比べたらどうでもいい。

 

ただ、これは共感している

喘息を持つ子どもに、体力がつくようにとスポーツ系の習い事をさせる親はけっこういる。

 

体が丈夫になりますように。

体力をつけて元気に生活できますように。

発作が出にくい体になりますように。

 

喘息の例が身近だったから挙げたけど、喘息に限らない。

子どもが一時的に病気になっただけでも心配なのに、慢性疾患を持っていると本当に心を痛めると思う。

だから、願いが切実だ。

これは、分かるなぁ、と思う。

 

子どものやりたいことは、親のやらせたいこととは違う

まず、この前提に立てるかどうかだと思う。

子どもは、親とは別の人格をもった、別の人間だ。

だから、やりたいことも違えば、きっと考え方だって違う。

その前提にまず立つことが、親として必要なことなんだと思う。

 

子どもは皆、遅かれ早かれ本当に好きなことに出会える

そして、我が子を信じることなんだと思う。

必ず、この子は大好きなことに出会えると。

それは現実逃避の手段ではなく、本当に大好きな、没頭できることに。

 

その大好きなことは、もしかしたらゲームかもしれないし、マンガかもしれないし、親から見たらくだらないことかもしれないけど。

でもそれを否定しないで、そばで見ていることが親の仕事なんじゃないかと思う。

 

だって、分からないじゃないか。

 

ゲームのクリエイターになるかもしれない。

業界最大手ゲーム会社に行くかもしれない。

売れっ子マンガ家になっちゃうかもしれない。

昆虫マニアが、昆虫の研究者になるかもしれない。

 

たとえ道を変えても、没頭した経験が生きるかもしれない。

 

本当に好きなことなら、継続も努力も主体的にできる

そしてこれ。

声を大にして言いたいのだけど。

 

誰かにやらされていない、本当に心から好きなことだと、継続も努力もできる。

そして不思議と、辛くない。

なんていうか、体は辛かったり、しんどかったりするけど、心は全然辛くない。

 

私の大好きな趣味の一つ。

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マイマレット

自宅では出来ないから、楽器を叩く機会はとても貴重。

本当に心から大好きだ。

 

そうすると楽しすぎて、上手くなりたすぎて、手にマメが出来ても、それが破れても、まあ確かに痛いけど苦じゃないのだ。

豆が破れた上にテープ巻いてひたすら練習したい、ここが出来るようになりたい、もう少しで出来そう!そんな気持ちだ。

 

これが誰かにやらされていたことなら、絶対にこうはならない。

 

それと、「継続は力なり」なんて、辞めることをご法度のように扱う風潮も納得いかない。

 

もちろん、コツコツ続けられる子はそれだけで才能の持ち主だ。イチローとかね。天才だ。

でも、何も続けることだけが価値あることじゃない。

すぐ飽きる子は、好奇心の範囲の広い子だ。私も

いいことじゃん。

ブログは続けることが大事だけども

 

大好きなことなら、たとえ紆余曲折を経ても、続けるよ。

 

そう考えると、習い事のほとんどはいらない

親が、習わせたい!と鼻息荒くする習い事は、基本いらない。

子ども本人が、やりたい!うまくなりたい!大好き!となる習い事が、本当に必要な習い事だ。

 

習い事は子どもの意思と自主性で習うべきだ。子どもが幼くても。

そして、親はただのサポーターだ。

 

私の思う、親の出来ること

じゃあただのサポーターである親は何ができるのか。

 

親は親で、好きなことをやること。楽しんでいる姿を見せること。

今の現状の子どもを見て「これが出来ないあれが出来ない」と判断してしまわないこと。

欠点に見えるところを、裏返してみること。

 

そして、

いざ子どもが大好きなことを見つけたら、

 

全力でサポートすること。

大好きなことがあるのは素晴らしいことだと伝えること。

どんな経験も無駄にならないから、辞めたいほど辛かったら辞めていいと受け止めること。

 

そんなことを思いながら、いわきで子育てしているよ。

シェアして頂けると嬉しすぎて子どもと踊ります!

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