【子をもつ全ての親へ】「自分の人生」を生きてますか?

こんばんは。Mです。

 

先日私が入っている、ブログのあれこれを勉強するグループ内でシェアされたこんな記事に出会って、どうしても書かなくてはいられない気持ちになった。

 

他人の人生に介入する人たち

ずっとずっと感じていたんだけど、「他人の人生に無駄に介入する人たち」が多すぎる。

もちろん人生は、自分の思い通りになることばかりじゃない。

 

 

でも、

 

 

結婚しないの?できないの?

どうして子供作らないの?できないの?

次は絶対女の子が欲しいでしょ。産み分けはね…

スイミングは絶対やらせておいた方がいいよ。

起業?夢見るのはやめなさい。地に足つけないと。

あんないい会社、辞めちゃダメだよ。

お母さんの面倒、あなたがちゃんと見てあげないとね。

 

・・・・・

 

 

 

うるさいわ!!!

 

 

どうしてこんなにも、人の人生に介入してくる人がいるのか。

そして他人の選択について、あれこれ分析しようとさえするのか。

 

私の考えていることを書いてみる。

 

お節介が美徳?

まずはこれ。

「お節介」を、「ちょっと押しつけがましいものの、ありがたいこと」と捉える文化があったからじゃないか。

 

これは、「察する」ことが素晴らしいこととされていたからだと思う。

 

あまり日本は日本はって言いたくないんだけど、それでも日本は「察すること」「空気を読むこと」を大事にする民族で構成されている国だ。

目に見える他人の状況から、気持ちを慮り、思いやることが美徳とされていたんじゃないかな。

だから、自分が良いと信じていることは、かつての自分と似た状況にある他人にとっても良いことだと推測してしまう。

ひいては、思い込んでしまう。

 

だから、お節介の悲劇が起こってしまうんじゃないかな。

 

多数派が正しい?

そしてもう1つ。

多数派であること、つまり、「その他大勢もそうであること」が「正しいこと」とイコールだと思っている人が多いからなんじゃないか。

 

普通に結婚して、

普通に子どもを育てて、

男性は定年まで同じ会社で働いて、

女性は子育てと家事をして、

育ててもらった親の面倒はもちろん見て。

 

って、だんだん書いてて息苦しくなってきたわ。

 

 

もちろん、どんな生き方だって、本人が納得していて、幸せでいるなら他人が否定する余地は1ミリも無い。

私も批判する気はない。

 

 

 

でも、ちょっと思うんだけど。

 

この「みんなそうしているんだから」っていう介入って本当は、多数派の、普通の人生を生きている自分に対して、心の底からは納得出来ていないからしているんじゃないのかな。

 

自分の人生に対して、後悔や悔恨、「たられば」って言われるような、未消化の気持ちを抱えているんじゃないのかな。

 

余計な介入の正体は、自分の人生に対する残念な気持ちや悔しさ、今が充実していないことに対する悲しさなんじゃないのかな。

 

たとえ我が子でも介入すべきでない

敢えて「他人」という言い方をしてきたけど、これは相手が我が子でもそうだと思う。

他人よりも距離が近い分、介入と愛情の区別が難しいのかもしれないけど。

距離も何も、お腹の中にいたしね

 

 

でも、まずね。

親は「我が子のために」存在しているわけではない。もちろん産んだけど

だから、我が子のためにみえる自己犠牲は、美しくも、素晴らしくもない。

そんなのは、自己犠牲の押しつけであり、同時に子どもに対する足かせだ。

 

子どもの人生は子ども自身のもので、親のものではない。

子どもが自分自身で、自分の人生を豊かにしていくしかない。

 

 

もちろん、親として愛情は十分にかけたい。

でも、介入はしない。

 

子どもの人生にも介入すべきでないと思う理由

介入のほとんどは先回りによるもの

子どもへの介入の原因は、そのほとんどが先回り思考によるものだ。

 

「そんなことしたら、こぼすよ」

「そんなことしてたら、宿題終わらないよ」

「歯磨きしないと、虫歯になるよ」

「そんなことしてたら、視力が落ちるよ」

「勉強しないと、入試に失敗するよ」

挙げればキリがない。

 

親は、子どものやることを、常に先回りして見る癖がある気がする。私もそう。

子どものしていることが原因で近い未来に起こる、良くないことをつい想像してしまう。

 

先回りすれば完璧な人生を歩めるのか

じゃあ、先回りすれば、子どもの人生は完璧なものになるのかな?

これが、よくよく考えてみると、「分からない」としか言えないのだ。

 

上の例だけで言っても、

 

こぼすかは分からない。

宿題が終わらないかは分からない。

終わらなかったら、本人が居残りするなり、反省するなりしていい経験になるかもしれない。ならないかもしれない。

結局、宿題をしなかったことが、人生に悪影響を及ぼすかは、分からない。

虫歯になるかは分からない。

視力が落ちるかは分からない。

入試に失敗するかは分からない。さらに、どんな結果が出ても、人生に与える影響はさっぱり分からない。

 

 

結局、先回りしても、結果がどちらに転ぶかは誰にも分からないんだ。

そしてさらに、それが結果的に良かったのか悪かったのかについては、もっと分からない。

 

1つの出来事に対するとらえ方はまちまち

さらに、とてもややこしいことに、同じ出来事に対してのとらえ方も人による。千差万別だ。

Aさんは、親に厳しく育てられたことに対して、辛く悲しい過去だと思っていたとしても、Aさんの兄弟のBさんは、厳しくも愛情のある親に育ててもらったと感謝しているかも。

こんなことが、ザラにある。

 

だから、人生なんてわっからないよねー!

 

 

子どもの人生もコントロールできないし、神経を使ってできる限りコントロールしたとしても、それが子どものためになるかは分からない。

子どもが人生に起こる出来事をどうとらえてどう生きていくかは、子どもが自分で選んでいくしかないんだもの。

 

起こってから対処するしかない

じゃあどうしたらいいんだろう。

全てのことに、起こってから対処していくしかない。

それしか出来ない。

 

これは、諦めて放任するんではないよ。

必要なことは伝えて、あとは信頼しておく。必要なサポートはもちろんする。

何が起こっても、対処していける。対処すれば大丈夫!と自分と子どもを信頼する。

こんな感じだ。

 

起こりうることの可能性は伝えるし、した方が良さそうなことはした方が言いよ、と伝える。

手伝いが必要なら、または困ったときは、声かけてね。とも言う。

 

それでもなお、するかしないかの選択は、子どもがすべきだ。

 

 

 

例えば、歯磨き。

実は、少し前まで口うるさく言っていたけど、やめた。

朝なら、ごちそうさまの後に「歯磨きの仕上げの時は呼んでね。」とだけ伝える。

私は私の支度をしていると、遊んでいてもそのうちワイワイ歯磨きを始める。

「仕上げはおかーーさーーーーん!!!」って呼ばれるから、私は仕上げ磨きをする。

これだけ。

 

 

例えば寝かしつけ。

この前まで「寝るよ!もう遊ぶのおしまいにしなさい!終わりって何回言ったら分かるの!8時だって言ってるでしょ!寝る前にトイレ行って!」って、それはそれは口うるさい母親だった。

今は、8時になったら、頃合いを見て必要ない電気を消す。

「ママ先に2階に行ってるねー。」と言って、寝室で加湿器に水を入れ、カーテンを閉める。

「〇〇が終わったら」なんて言っていた息子達は、それが終われば2階にわちゃわちゃ上がってくる。

トイレも、忘れていたら声をかけるけど、自分で行くこともある。そのくらい。

 

 

それでも、虫歯になるかは分からないし、なったらなったで対処すればいい。

虫歯になったら子どもの人生終わりなのか?←違う。

 

寝るのが少し遅くなるかもしれないし、ならないかもしれない。

今日寝るのが少し遅くなったら子どもの人生に悪影響かな?←大したことはない。

 

子どもとどう付き合えばいいんだろう

ちょっと冷たく見えるかもしれないけど、最近子どもに何か口うるさく言いたくなるたびに、

「この子が大人で、同居人だったら?」

って考える。

 

大人だったら尊重できることも、子どもだと尊重できないと感じることがある。

でも、それは変だよね。

まだ子どもを下に見てしまう自分がどこかにいるのかも。

子どももそれぞれの人格を持った、1人の人間だ。

 

 

同居人だったら、その人の人生はその人の責任だって思うから、余計な介入はしないよね。

求められたらアドバイスはすると思うけど、その人の意思を尊重できるはず。

 

 

子どもは、やりたいことに技術や体格が追い付かない。

衣食住を中心に、1人では出来ないこともたくさんある。

だから、そこは親としてちゃんとやろう。

 

 

私の子どもはまだ小さいから、まだまだ親が責任を持つ場面も出てくる。そこはもちろん責任を持つ。

子どもが自分で決めた「やりたいこと」なら、出来る限りサポートをしよう。

 

 

子どもが自分で自分の人生を生きていくために、愛情は必要だ。

余計な口出しじゃなく、「家族は、私は、あなたがいて幸せだ」という愛情を伝えよう。

 

 

子どものやりたいことと、自分のやりたいことが衝突することももちろんある。

そうしたら、同居人との衝突を想像しよう。

怒りで相手を押さえることはしたくないはず。

折り合いを付けられないか、話してみよう。

結果子どもに合わせたとしても、自分の機嫌は自分でとりたい。

 

 

 

私は、きれいごとを言いたいんじゃないよ。

 

子どもを育てるって、きれいごとじゃ済まない場面がいっぱいある。

妊娠中、授乳中は出来ないことがある。

産んでから少なくとも1か月は引きこもりだ。

それからもずっと、子どもがいることでの制限は少なからずある。

 

それでも、できる限りの手段を使って自分を大事にしたいなと思うのだ。

自分を犠牲にしたくないな。

 

自分の人生は、自分で豊かにしたい

私は大事な我が子に愛情を注ぎながら、私自身の人生を全力で豊かにしたい。

その姿を見せることで、子どもも自分の人生を自分で大事にしていってくれたらいいな。

 

 

有名な言葉にもあるけど、自分が自分の人生を生きないと、誰も私の人生を生きてはくれないしね。

 

 

そして、自分の人生は「今」の積み重ねでできている。

だから、「今」を大事にしたい。

未来のことを考えすぎるあまり、今を犠牲にしたくない。

充実した「今」を積み重ねていきたいな。

 

 

そうしていくことで、我が子を始めとする、全ての他人の選択や意思を尊重できる気がする。

自分を大事にすることで、他人も尊重できる。

矛盾しているように見えるけど、実はそれを実感する毎日を送っている。

だから私は自分のやりたいことを、自分の人生を、自分の今を大事にする。

 

 

 

 

 

偉そうに言っちゃったけど、私だってぺーぺーの母親だからね。

 

 

今日も息子たちに大声をあげてしまうのだ。

 

「早よパンツ履かんかーーーーい!!!」

シェアして頂けると嬉しすぎて子どもと踊ります!

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